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東京高等裁判所 平成10年(ウ)774号 決定

申立人(控訴人) 亡A訴訟承継人X

右訴訟代理人弁護士 曽田淳夫

同 曽田多賀

同 北久浩

相手方(被控訴人) 株式会社富士銀行

右代表者代表取締役 B

右訴訟代理人弁護士 海老原元彦

同 廣田壽徳

同 馬瀬隆之

同 谷健太郎

同 半場秀

主文

相手方は、本決定送達の日から一週間以内に、別紙文書目録記戴の文書を当裁判所に提出せよ。

理由

第一申立ての趣旨

一  文書の表示

別紙文書目録記載のとおり

二  文書の趣旨

別紙文書目録1から4までに記載の契約に基づいて実行された相手方(九段坂上支店扱い)の亡A(以下「A」という。)に対する融資(以下「本件各融資」という。)係る文書のうち、貸出稟議書(以下「本件稟議書」という。)には、相手方の貸出稟議が認められた記載があり、本部認可書(以下「本件認可書」という。)には、本件各融資について相手方の本部の認可があった記載がある。

三  文書の所持者

相手方

四  証明すべき事実

1  相手方からAに対する本件各融資は、いずれも株式その他の有価証券投資を資金使途とする事業資金の貸付として行われ、利息の返済は、右事業である有価証券投資から上がる利益をもって毎月支払うこと(相手方は、平成五年三月一七日付け準備書面でこの点を否認している。)、右事業はそれ以上の利益を上げうるものとして稟議が行われ、本部の認可が得られた事実

2  本件各融資の稟議に当たっては、右事業の収益性よりも、A所有の土地建物の担保価値に重点が置かれ、しかもこれを過大に評価した上、最終的には担保物件たるA所有土地建物の換価により貸金を回収しうるとして本部の認可が得られた事実

五  文書の提出義務の原因

1  本件稟議書及び本件認可書(以下、まとめて「本件各文書」ということがある。)は、本件各融資の申込みから実行に至る間の所定の手続として作成された文書であって、それぞれ民事訴訟法(以下単に「法」という。)二二〇条三号後段に規定する「挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成された文書」(以下「法律関係文書」という。)に該当する。

2  本件各文書は同条四号文書に該当し、同号の定めるイからハまでの例外規定には該当しない。

第二申立人の主張

一  本件事案の性質

本件は、相手方のC九段坂上支店長が、Aの財政事情によれば、本件各融資の利息は当該貸付金の運用によって生ずる利益から支払うほかないことを知りながら、申立人にリスクの高い有価証券投資を勧め、顧客の資金運用計画に対する安全配慮義務に違反したから、相手方は、Aの被った右の損害を賠償する義務があると主張している事案であるところ、本件稟議書及び本件認可書は、申立人が相手方の過失を立証するために不可欠の証拠である。

二  稟議書・認可書について

1  稟議書・認可書の内容

銀行の貸出の最終決定は、営業店から本部に稟議書を提出してその承認を得ることが原則とされ、その際に認可書が作成されるが、貸出によっては営業店の店長の裁量に委ねられる場合もあり、この場合には査定書が作成される。融資担当者は、本部稟議を要する貸出では稟議書を、店長裁量貸出の場合には査定書を作成することが義務づけられている。

稟議書には、貸出科目、金額、実行日、適用金利のほか、資金使途、返済期限及び返済条件、返済財源が必ず記載され、担保、保証の明細が記載され、これに支店意見、本部意見が付記される。認可書は、本部稟議の結果、本部が当該貸出を認可した旨を記載したものであり、記載内容は、稟議書とほぼ同様である。

2  稟議書・認可書の作成義務

(一) 銀行は、その業務の公共性にかんがみ、公共的、社会的役割を果たしていくことが要請されており(銀行法一条、平成四年四月三〇日蔵銀第八〇九号通達の第一「経営関係」)、内閣総理大臣(平成九年法律第一〇二号による銀行法改正前においては大蔵大臣。以下同じ。)は、銀行業務の健全かつ適切な運営を確保するため必要があると認めるときは、銀行に対し、その業務又は財産の状況に関し報告又は資料の提出を求めることができ(銀行法二四条)、また、職員を銀行の営業所その他の施設に立ち入らせて、銀行の業務若しくは財産の状況に関し質問させ、又は帳簿その他の物件を検査させることができる(同法二五条)。

(二) 資金の貸付は、銀行業務の中心をなすもので、前記蔵銀第八〇九号通達は、銀行に対し、「具体的な与信への取組みに当たっては、事業計画、資金使途、返済財源、返済方法、投資効果、業況、財務内容、債権保全面を十分審査すること」を指示している。そして、内閣総理大臣の検査は、貸出金については、融資姿勢あるいは審査管理体制が銀行に課せられた公共的使命を十分に発揮しているか等を着眼点として、稟議書その他の資料に基づき行われる。

(三) 右内閣総理大臣の監督・検査権との関係でいえば、当該銀行の貸出業務がどのように行われているかを示す資料として、稟議書の作成は法律上義務づけられているというべきである。

3  稟議書・認可書の本件訴訟における意義

本件においては、別紙文書目録の1から3までに記載した各契約に基づく貸付のほか、約束手形による三億円の手形貸付が行われているはずであるが、これらの貸付は、いずれもAからの融資申込書の差入れがないまま、融資決定に至っている。このため、本件貸付が、いかなる資金使途、返済期限、返済条件、返済資源を予定して実行されたかを客観的に証明しうる資料は、右稟議書・認可書しか存在しない。

三  法律関係文書該当性

1  本件各文書は、申立人と相手方間の金銭消費貸借契約という法律関係に密接に関連し、右契約成立に至る過程において作成されたものである。特に本件各融資においては、Aの融資申込書は存在しないので、本件各文書は、Aの融資申込みの意思表示と相手方の融資決定という相対の意思表示を一体として記載した唯一の文書である。すなわち、相手方において融資申込書提出の制度を廃止したか又は当初からとっていなかったとしても、顧客からの融資申込みは、その内容(事業計画、採算性、返済計画、担保等々)を書面化して上司の審査や最終決定権者の認可を受けなければならないはずである。したがって、これは法律関係文書に当たるというべきである。

なお、本件稟議書・認可書に、Aの融資申込みの意思表示に相当する記載がないとしても、法律関係文書には、法律関係の生成する過程で作成された文書を含むから、これが法律関係文書であることに変わりはない。

また、前記のとおり、相手方は稟議書・認可書の作成を義務づけられ、これらの文書は、内閣総理大臣の検査に当たっては審査の対象になるものである。

2  本件各文書には、右1のように、申立人の融資申込みの意思表示に当たるものも、内閣総理大臣の検査の対象となるものも記載されており、相手方内部において融資を行うか否か内心の意思を決定するための基礎資料として、相手方内部における事務処理の必要のためだけに作成されたものではない。

3  さらに、これを法廷に提出させることは当該文書の性質に反せず、訴訟における当事者の信義、公平に適し、かつ、裁判における真実発見のために重要である。本件各文書は、このような趣旨でも、法二二〇条三号の文書に当たる。

四  法二二〇条四号文書該当性

1  法二二〇条四号の趣旨

(一) 同号は、一号から三号までのように当事者と文書との間に特別な関係があるかどうかということを問題にしないで、四号イ、ロ、ハの文書を除き、訴訟に協力する国民一般の義務として、文書の所持者は提出義務を負うものとしたのであり、証人義務(法一九〇条)と同一の義務である。

(二) したがって、同号ハは、その法改正の趣旨を踏まえ、極めて限定的に解釈されるべきであり、結局、同号ハの文書は、専ら自己又は内部の者の利用に供されるために作成され、およそ外部の者に開示することを予定していない文書を指すというべきである。

2  相手方は、その業務の公共性にかんがみ稟議書・認可書の作成を義務づけられており、本件各文書はこの義務に基づき作成されたものである。大蔵省の通達「普通銀行の業務運営に関する基本事項等について」の別紙一は、収益至上主義の経営姿勢、投機的な不動産融資、過剰な財テク融資を厳に戒めている。相手方の業務行為は、内閣総理大臣の検査・行政指導の対象であると同時に、申立人もこれが適正に行われたかどうかを知る権利がある。したがって、本件各文書は、法二二〇条四号ハの「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」とはいえず、相手方の企業秘密を記載したものではない。

3  本件各文書は、必要性が極めて高く、他方、提出命令により相手方に不当な義務を課するものでもなく、挙証者の立証の必要性と文書の所持者の文書処分権の保護との調整という観点からみて、衡平を欠くものでもない。

第三相手方の主張

一  法律関係文書

1  法二二〇条三号後段の「挙証者と文書の所持者との間の法律関係」について作成された文書であるといえるためには、挙証者と所持者との間の法律関係それ自体が記載されている文書か、少なくとも、法律関係の構成要件事実の全部又は一部が記載されている文書であることを要する。旧法三一二条三号及びそれをそのまま踏襲した法二二〇条三号は、一九世紀のドイツ民事訴訟法の「共通文書」(挙証者と所持者の共同の利益のために、あるいは共同の事務遂行の過程で作成された文書)について提出義務を認めるという考え方を採り入れたものである。したがって、これをむやみに拡大解釈することは許されない。

また、法二二〇条三号後段の規定が「法律関係について作成されたとき」として、作成行為に重点を置いて規定していることからすると、文書の所持者が自己使用の目的から作成したいわゆる内部文書がこれに当たらないことは同号の文言上明らかである。

2  本件各文書は、主として相手方内部において融資を行うか否か内心の意思を決定するための基礎資料として、また相手方内部における事務処理の必要のために作成されたものである。金銭消費貸借契約締結の過程において申立人側に示すこともなく、本件各文書を目にするのは本来相手方銀行内部の者に限られるのであるから、自己使用の目的のみから作成したいわゆる内部文書の典型例である。

3  申立人は、稟議書・認可書等が法令に基づき作成が義務づけられているものであること及び内閣総理大臣の検査対象となることを挙げて、内部文書には当たらない旨主張している。

しかし、これらの文書は、法令に基づき相手方に作成が義務づけられているものではない。また、稟議書・認可書等は、内閣総理大臣の検査の対象となりうるものではあるが、相手方ら銀行が検査の対象となることを動機として作成するものではないし、右検査においては、内部文書かどうかとは関わりなくその目的達成に必要な文書について行われるのであるから、右検査対象となりうる文書であることは、稟議書等が内部文書であるという本質を多少なりとも変更するものではない。

内閣総理大臣は銀行等の金融機関に対し監督的立場に立つものであって、訴訟当事者間のように対立的関係にはなく、また銀行にとって守秘義務等との抵触の問題もない。したがって、内閣総理大臣の検査は、銀行内部の者が書類を閲覧するのと同視できるというべきである。

4  申立人の主張三について(反論)

申立人の右主張は、本来融資申込書が作成されるべきところ、本件ではその作成が省略され、相手方の稟議書に代えられたという誤解に基づくものであり、かつ、根拠のない主張である。

(一) 融資申込書の取扱い

相手方においては、住宅ローンに代表される、保証会社の保証を受けて行う融資の場合以外は、口頭で申込みを受けており、特別に融資検討のために必要だと判断される場合を除き、通常は融資申込書(借入申込書)の提出を受けることはない。

本件各融資は、保証会社の保証を受けて行う融資ではなく、また、相手方はAとの間に既に融資取引(昭和六二年六月に一億九〇〇〇万円)を行っており、その属性、資産状況等についてある程度把握している。したがって、通常の取扱いどおり融資申込書の提出を求めていない。

(二) 本件各融資の融資申込みの意思表示を表す文書

本件各融資に関するAの融資申込みの意思表示を表す文書は、平成元年三月三一日付け一億五〇〇〇万円のFライン契約書(丙第一号証の一)、一億五〇〇〇万円のFライン借入請求書(丙第一号証の二。資金使途は投資信託、ワラントなどの有価証券投資。)、平成元年四月二八日付け三億円へのFライン変更契約書(丙第二号証の一)、一億五〇〇〇万円のFライン借入請求書(丙第二号証の二。資金使途は事業性資金。)、平成元年四月二八日付け五〇〇〇万円のカードFライン契約書(丙第三号証の一)、五〇〇〇万円の請求書(丙第三号証の二。資金使途は事業性資金。)、平成四年四月七日付け三億円の約束手形(丙第四号証)である。

これらが、まさにAの融資申込みと相手方銀行の融資応諾の相対の意思表示を一体として記載した法律関係文書である。

(三) 稟議書の位置づけ

融資申込書が存在しないから稟議書がそれに代わるものであるなどというのは単なる屁理屈やこじつけに過ぎず、申立人の真意は、相手方内部の判断や融資決定の過程を知ろうとするところにある。

ここで何より重要なことは、稟議書のような法人内部の意思決定の過程を記載し、その討議の内容を表す文書が自己使用文書として文書提出義務の範囲から除外されるのは、このような内部意思決定の過程ないし討議の内容をみだりに公開されることがない自由が法的に保護されてしかるべきであるからである。

二  四号文書

1  右にみたとおり、本件各文書は、専ら文書の所持者の利用に供するための文書であり、法二二〇条四号ハに該当するから、相手方においてその提出義務を負担しない。

申立人は、挙証者の立証の必要性と文書の所持者の文書処分権保護との調整などという独自の基準を持ち出し、文書開示の必要性に偏した主張をするようであるが、法二二〇条には、そのような解釈を許す文言はない。

およそ外部の者に開示することを予定していない文書についてまで提出義務を負わせ、所持者の意思に反して提出を強制することができるものとすると、たとえそれが証言を拒むことができる事項が記載されている文書でなくても、文書の所持者は、著しい不利益を受けるおそれがある。立法者の考え方も同旨であり、同条四号ハの適用範囲を挙証者の立証の必要性に偏して解釈するのは不当である。

2  申立人の主張する「証明すべき事実」は、本件請求原因とどのような関係があるのか明らかではない。申立人は、請求原因となっていない事実をもって文書提出命令の必要性を基礎づけようとしているものであって、その主張は失当である。

また、前記第一の四1の事実を立証したいのであれば、本来申立人側においてAの確定申告書等を書証として提出することが最も簡便かつ直截的な方法であって、これを怠っていながら文書提出命令を申し立てることは、法二二一条二項に違反する。

3  本件訴訟における本件稟議書の必要性

(一) そもそも銀行が融資申込者の資金使途や返済計画の把握に努めるのは、債権回収の確実性判断のためであり、融資申込者の事業計画に対するコンサルティングやその者の後見のためではない。当該事業計画については、当人自身が責任を持つべきである。しかも、Aは、学歴、経歴、資産状況、証券取引の知識・経験等のあらゆる点からみて、当然自己責任を負うべき一流の人物であった。

したがって、相手方が資金使途や返済計画について責任を負うことを前提とする申立人の安全配慮義務違反の主張は、それ自体失当であるし、本件では相手方の過失など問題にはならなず、申立人の立証事項は、本件訴訟と関連性を有しない。

(二) Aは、大資産家であるとともに、以前から相手方銀行とつき合いがあり、一流の経済人でもあり、家族共々身元の確実な人物である。相手方は、本件各融資の検討に当たってこのような事情を加味考慮しているが、右事実はすべて客観的事実として争いがないところであり、あえて稟議書を証拠とする必要性はない。

また、Aに関する様々な事情は、申立人側で容易に立証可能であり、自らのおそらくは不利な証拠を手元に置きながら、相手方の内部資料に手を伸ばそうとする申立人の訴訟態度が本件申立てに表れている。

第四当裁判所の判断

一  本件提出命令申立ての対象となっている基本事件は、Aが相手方から六億五〇〇〇万円の本件各融資を受け、これを被控訴人大和証券株式会社における証券投資に投入し、大きな損害を被ったことに関し、Aの承継人である申立人が、相手方の九段坂上支店の支店長は、Aの財政事情によれば、本件各融資の利息は当該融資金の運用によって生ずる利益から支払うほかないことを知りながら、Aにリスクの高い証券投資を勧め、本件各融資をするについて顧客の資金運用計画に対する安全配慮義務に違反したから、相手方はAの被った右の損害を賠償する義務があるとして、相手方に対しその損害の賠償を求める事案である。

しかして、申立人の右主張がそれ自体失当ということはできないし、本件各文書の記載内容によっては、申立人の主張する事実が立証される可能性があるから、本件各文書について証拠調べの必要性があるということができる。

二  申立人は、本件各文書が、法二二〇条三号後段及び同条四号に該当すると主張するので、以下においては、まず同条四号該当性について検討する。

1  同条四号は、同号イからハまでに該当しない文書(ただし、公務員又は公務員であった者がその職務に関し保管し、又は所持する文書を除く。)の提出義務を一般的に認める体裁となっているから、同号は、文書提出義務を一般化したものと解される。そして、法が文書提出義務について右の規定を置いたのは、法が、裁判所において特別な定めがある場合を除き、何人でも証人として尋問することができ(法一九〇条)、申立てにより又は職権で当事者本人を尋問することができるとしていること(法二〇七条一項)や、鑑定に必要な知識経験を有する者は鑑定をする義務を負うとしていること(法二一二条一項)などと相まって、裁判所が民事事件の審理判断をするに当たり、争いのある事実について証人、当事者本人、鑑定人、文書について広く証拠調べを行い、もって証拠に基づく適正な認定を実現しようとする趣旨に出たものと解される。

2  相手方は、本件各文書は法二二〇条四号ハの「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると主張するところ、同号の右の趣旨に照らせば、同条四号ハの文書は、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、およそ外部の者に開示することを予定していない文書を指すものと解するのが相当である。

3  そこで、これを本件についてみるに、およそ組織体において、外部との一定の法律関係に係る意思決定に複数の人が関与している場合には、その法律関係を形成する過程において、その担当者がどのような情報や根拠に基づいてどのように判断し、かつ、関与したかを明らかにする文書は、いわば当該組織内の公式文書であり、経済社会関係が複雑に、また組織が大きくなるのに伴い、その意思形成の手続及び決定の根拠を文書によって明確にすることは、組織内の意思形成の合理性を担保するためにより重要度を増し、そのような文書による手続が必須のものになるといえる。

銀行の貸出業務に関し作成される稟議書や認可書は、右のような意味で、経済活動を行う組織体として必須の公式文書ということができる上、証拠(甲七、甲一〇)及び弁論の全趣旨によれば、銀行において、このような稟議書や認可書は、法令で作成が義務づけられているものではないものの、銀行業務の公共性、重要性の反映として、銀行の貸出業務の適正を担保するため実務上必ず作成するものとされていること、稟議書には、貸出科目、金額、実行日、適用金利、資金使途、返済期限、返済条件、返済財源、担保・保証の明細等が記載されることが認められるから、これらの文書は、銀行の貸出に関する重要な諸情報を網羅的に記載し、その意思決定の合理性を明らかにし、かつ、これを担保するために作成された基本的な公式文書ということができる。

そこで、一定の貸出の適否に関しその貸出の相手方との間で紛争が生じたり、何らかの理由で一定の貸出の正当性や合理性が問題になったような場合には、銀行においてその貸出の正当性や合理性を主張する最重要の基礎資料は稟議書や認可書であり、通常、これをよりどころとして貸出の正当性、合理性を主張することになるものと考えられる。そして、それは通常の業務の過程において前記のような目的で作成されるものであるから、その信憑性は一般に高いと考えられ、その意味でも、当該貸出の正当性、合理性を基礎づける最重要の基礎資料であるといえる。したがって、訴訟においても、その立証の都合や状況次第では、銀行自身が、禀議書等の内容を立証し、あるいはそれ自体を証拠提出する場合のあることは、裁判所に顕著な事実である。

さらに、銀行業務の公共性にかんがみ、内閣総理大臣は、銀行の業務・財産の状況に関し検査を行うことができることとされているが(銀行法二五条)、証拠(甲一〇)及び弁論の全趣旨によれば、与信の検査は、稟議書や決算書等を検査することにより行われることが認められ、この検査面においても、稟議書は、右のような性格故に、貸出業務が適正に行われているかどうかを判断する上で最も重要な基礎資料であるということができるのであり、その意味で、作成者が第三者に開示されることを予定しないで個人的に記載した日記帳や備忘録の類とは性質が異なるものというべきである。

また、本件においてはAからの融資申込書等は作成されていないから(ちなみに、本件において融資申込書が存在すれば、これは法二二〇条三号後段に該当するものとして、相手方に提出義務があるものと考えられる。)、本件稟議書にはAによる融資申込みに関する諸事情が記載されている可能性もある。そうだとすれば、本件稟議書は本件各融資申込書に代替する性格を一部有していると評価することができる。

4  以上によれば、稟議書及び認可書は、相手方内部の意思決定の過程において、その合理性を担保するために作成されるものであるが、その意思決定に関する基本的かつ最重要の公式文書というべきものであり、様々な局面で、銀行自身が貸出の合理性、正当性を外部に対し主張する場合、あるいは外部の者がこれらを確認する場合に、そのための基本的かつ最重要の資料であるということができる。したがって、これらは、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、およそ外部の者に開示することを予定していない文書であるということはできない。

5  そして、本件稟議書及び本件認可書が法二二〇条四号イ又はロの文書に該当すると認めるべき証拠はない。

なお、法二二〇条四号ロには該当しないものの、当該文書に企業秘密その他の秘密やプライバシーに関わる事項が含まれ、裁判所がその文書を証拠として使用することにより得られる利益との衡量により、それらの事項の秘密を保護するのが相当と認められる場合には、当該文書の所持者は、文書全体又はその一部(法二二三条一項後段参照)の提出義務を負わないと解するのが相当であるが、本件ではこのような事情が存在することをうかがうことはできない。

三  弁論の全趣旨によれば、本件稟議書及び本件認可書については、書証の申出を文書提出命令の申立てによってする必要があるものと認められる。

第五結論

以上の次第で、その他の点について検討するまでもなく、本件提出命令の申立ては理由があるから、これを認容することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 原健三郎 裁判官 岩田好二 橋本昌純)

〈以下省略〉

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